天使のむすめのこと(19)「赤ちゃんにはお母さんがわかるんですよ。目が見えなくても」

こんにちは、永嶋泰子です。

「不思議なことに赤ちゃんはお母さんがわかるんですよ」

NICUで看護師さんに言われたコトバ。

肺が未熟なため、高酸素濃度の環境かつ呼吸器をつけているむすめでした。

私が撫でると数値が安定したのです。

むすめは生後17日目で目を開けたとはいえ、赤ちゃんはほとんど見えていないと言われます。

けれど、確かにわかるものがある。

目に見えるものだけがすべてではない証。

と同時にコトバでなくとも分かり合える方法があるということ。

ふれあう。

たったそれだけで通じるものがあると思った瞬間でした。

親と子の絆は不思議なものです。

誰が決めたわけでもなく誰が教えたわけでもなく、けれども確実に繫がっている。

もうひとつむすめを見ていて感じたのは

赤ちゃんにも感情があり、聞こえるし見えているのではないかということ。

一般的に赤ちゃんの聴覚が発達するのは妊娠28週からと言われます。

むすめが生まれたのは24週。

けれど、ちゃんと聞こえていたし、大きなその目でちゃんと見れていたと思うのです。
(むすめは大きなお目目でした)

体に繋がれている管をおそらくへその緒と思ったのか「よいしょ」と言わんばかりに持ち上げては、移動させて満足げな表情をして見たり。

私が保育器越しに撫でるのをやめて保育器から手を出そうとするとすごく悲しそうな顔をしたり。

綿棒に浸した母乳をあげるときには、すでに舐めきったものを口に入れようとすると「ぎゅ」と唇をつぶったり。

おそらく、医学で証明されてるよりもずっと早い段階で赤ちゃんは感情もあるし、気持ちを表現できるし自分の状況だってわかってる。

医学で証明できるのはほんのわずか氷山の一角でありそれがすべてではない、と。

そして、ここ3年余りの経験を通じてひとつ決めていることがあります。

つまりテキストどおりの人生を生きないということ。

もちろん、エビデンスはそれまでの知識の集積であり参考にはなるけれど、最後には自分の感覚に勝るものはない。

それがすべて正しいわけではないことを認識しつつ

”さあ、私はどうしたいの?”と決めることができるのだということ。

それが私が私の人生を生き切るということ。

ブログで宣言してからもちろんぶれることもあったけれど

しかし、いつも原点に立ち返るのです。

言葉に助けられながら。

ここまで読んでくださり
ありがとうございました。

今日が素敵な1日になりますように。

永嶋泰子

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