天使になったあと〜グリーフ編(1)わずか29日の生涯だったけれど、愛し愛される子だった。

こんにちは、永嶋泰子です。

葬儀の3日後は、私の1ヶ月検診。

産科に行くことはとても大きな勇気が必要でした。

お腹の大きな妊婦を見たら?
小さな赤ちゃんを見たら?

動揺しない、自信などありません。

検診では、入院時に何かと気にかけてくれた女性の医師が担当。

我慢していた涙が一気に目から溢れました。

そのときの様子はあまり覚えていません。

ただ、心配してくれた医師が
「これから卵巣の様子を見るってことにして月に一回、うちに来てみようか。」
と言ってくれたのです。

その後、もうひとつの目的であるNICUに行きました。

むすめの母子手帳に最後の記載をしてもらうため。

NICUに入ることはできず、廊下でやり取りになりました。

”ああ、もう入れないんだな”
そう思ったのを覚えています。

主治医も担当してくれた看護師さんも不在でしたが、ひとつ嬉しいことがありました。

代わりに対応してくれた看護師さんが
こんなことを教えてくれたのです。

「(担当看護師さんは)いつも花ちゃんのことかわいいでしょって言ってたんですよ。

撮った写真を私に見せてくれたんです。」

担当の看護師さんは、私たちの前ではいつもクールでした。

一生懸命、むすめのことを見てくれてるのはわかっていましたが、極力感情を出さないようにしているようでもありました。

それは、NICU(新生児集中治療室)という過酷でいつ何があるかわからない場所だからこそ、感情を交えずあえてそうしてるのだと思っていましたが、

親の前だからこそ表情を出さないように気を配っていたのだと気付きました。

NICUで赤ちゃんの生活をお世話するのは看護師。

けれども退院したら赤ちゃんと暮らすのは親であり
”親”としての自覚を促すために必要以上に出過ぎることを抑えていたのではないかと思うのです。

むすめはNICUで幸せだったのです。

限られた空間だったけれどいろんな人に愛されていた。

”愛し、愛される子になってほしい”と思っていました。

たった29日の生涯でしたが、むすめはちゃんと愛して愛されることを知っていたのです。

新年が明けたばかり。

まだ冬であったにもかかわらず、病院に植えられた桜並木の枝の先にはすでに蕾がありました。

”もう、蕾が…”

寒い時期から次に備えて準備をしている。

誰も気づかないかもしれない。

それでも、次に向けてゆっくりと準備をしている。

春が来ることを信じて。

それは、私へのエールのようにも感じました。

永嶋泰子

タイトルとURLをコピーしました