天使になったあと〜グリーフ編(5)怒られても、骨つぼを開けてしまう心境

こんにちは、永嶋泰子です。

東京に戻ったのは2月3日。

もっとも不安だったのは骨壺に収まったむすめに再開することでした。

家に帰ったら
花ちゃんの遺骨にちゃんと会えるのか心配…

花ちゃんがいないことが
現実になる気がして
とてもこわい

花ちゃん…

でも肚をくくって生きなければ、と思う

2月3日の日記より

さて、羽田空港では夫が仕事を切り上げて、迎えてくれました。

夫に笑顔を向けられなかったにせよ、泣くこともなく淡々と家に向かいます。

しかし内心落ち着かない思いを抱え、家に帰った瞬間。

私はむすめの骨壷に駆け寄り「花ちゃん、花ちゃん」と泣いていました。

1ヶ月の間、実家にいたことで若干落ち着いたように思えた心も

骨壷を前にするとどうしようもない現実を突きつけられました。

もう、気持ちは抑えられない。

骨壷を開けようとし、夫に止められた記憶があります。

もちろん、開けることが褒められたことでないことは百も承知です。

でも、
骨を見たらちゃんと受け止められるんじゃないか、そんな気持ちもあったのです。

夫は、そんな私を見てまだ福岡にいた方がよかったのではと思ったようです。

確かに、不安定の極みでした。

花ちゃんがいなくてさみしい
花ちゃんのところに行きたい
なんでいなくなっちゃったの?って泣いてしまった
そして夫に怒られるけど
骨つぼを開けてしまった
開けてどうにもならないけど
花ちゃんに生きて欲しいって
1ヶ月前の思いが蘇って来た

花ちゃんに会いたいな

そして今日は葬式から1ヶ月の日だった。

早いなあ

花ちゃん…
花ちゃん…

2月4日の日記より

葬儀から1ヶ月経っても会いたい思いは変わらず。

むすめの元に行きたくてたまらず、けれども「死」を選ぶ勇気もなかった。

遺された人の苦しみを知ってるから。

どんなに辛いことかわかるから。

骨を前に「死んだ」ことを実感して、でも諦められなくて。

常にそのせめぎ合いでした。


…..

そして2月4日は私を心配してくれた産科の医師の提案によって、病院に行く日でもありました。

それは、もう2度と入ることのできないむすめが生きていたNICUのある病院。

NICUに行きたい、行ったら諦められるのかも。

そんな気持ちが病院行きのバスの中で湧いてくるのでした。

永嶋泰子

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