笑って生き切る

こんにちは!

【発信で世界観を表現する】永嶋泰子です。

「生きる」という言葉よりも「生き切る」という言葉の方が、しっくりな今日この頃。

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生き切るという言葉が好きです。


ただ漫然と生きるのでなく
ほんの一瞬もムダにしない

そんな息づかいが聴こえてくるから。

だから、「生きる」でなく「生き切る」。

わたしは「生き切る」人生を歩みたい。


じゃあ、生き切るってどういうこと?

というと…

自分「らしさ」をのびのび自由に発信すること。

なぜなら、自分をのびのびと表現できる女性って、実はあんまり多くないから。

相手の顔色を伺ってしまう自分がどこかにいるのでは、ないでしょうか?

いかがですか?

のびのびと表現できると言い切れますか?

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先日、祖母が八十九歳で天に召されました。

残念ながら、最期に間に合わなかったのですが

最期は、数ヶ月の入院から自宅に戻ることができ(祖母の)子どもに看取られながら
穏やかに亡くなったそうです。


祖母に対面したときは、思わず「綺麗だなぁ」と感じました。

凛としたたたずまいを残し、まるでお人形さんのようなお顔。

静かに静かに横たわる祖母。

まさに「生き切った」証。

そして、わたしにとって理想の起業家でもあります。

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舅・姑に仕えることが当たり前だった時代に
祖母は、五十歳で大きな決断をしたんです!!

それは、喫茶店をはじめること。

飲食の知識があったわけでもなく、さらに誰かのバックアップがあったわけでもありません。

あるのは、情熱だけ!!

いまでいう起業です。

大変なことも、たのしいことも。

いっぱい・全部経験したけれど、喫茶店は祖母にとって自分「らしさ」をいっぱい・全部
表現できた居場所でした。

祖母が遺したアルバムには、喫茶店のことがいっぱい、いっぱいありましたから!!

生前、祖母はよく言ってました。

「いつどこで経験したことが
役に立つかわからないよ。

洋裁学校で学んだ色彩のことが、お店(喫茶店)のランチの盛り付けに役立っているんだもの。

洋裁学校は、40近くになって通ったし介護しながらだから、手はいつも荒れてるし大変だったけれど。

人生にムダなんてないよ。

自分がどう生きたいのか?
自分がどうありたいのか?


常にそれを考えていた祖母。

五十歳ではじめた喫茶店は、祖母にふさわしくレトロで落ち着いた雰囲気のお店でした。

よく誤解されるのですが、

世界観とは、自分をよく魅せるためのテクニックではありません!

生き方=世界観

自分の生き方を発信したもの。


自分「らしさ」をのびのび自由に発信することが世界観。

「おばあちゃん、生き切ってくれてありがとう!

わたしも全力でこの人生を生き切ります!」

今日が素敵な1日になりますように。




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